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鑑定士と顔のない依頼人|いかなる贋作の中にも〜を解説・感想

 

 

 

主人公オールドマンが詐欺集団によって秘蔵コレクションを全て盗まれるというお話。

様々なサイトで解説は出ているため、ここでは「いかなる贋作の中にも必ず本物が潜む」という部分に絞って、「ストーリにおける贋作と本物とは何か」を考察していく。これを考える事で、犯人の動機が浮かび上がる。 またハッピーエンドである事も述べていこうと思う。

 

贋作の中に作者の魂が宿ってしまう 

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贋作(模倣品)は真作(原物)に似てれば似てるほど良いが、贋作家は無意識のうちに自分の筆運びであったり感性を作品に残してしまう。名作を模写した女性贋作家だったが、女性ゆえに署名ができず独自の記号を作品の中に忍び込ませた。作家なりのプライドからこのような事が起こるのだろう。

一流の鑑定士であるオールドマンはこれを見破るのが仕事である。贋作と真作を見分け、作品に正しい評価を下す。

 

贋作だった愛

顔のない依頼人のクレアとオールドマンの大恋愛は本物ではなかった事がわかる。詐欺の首謀者である友人ビリーは「愛でもさえ偽造できる」と言っている。

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 つまり、この愛は偽装されたもの。愛が芸術作品であるならば、クレアとオールドマンの愛は筋書きのある作られたもの、贋作であったといえる。

 

いかなる偽の愛の中にも必ず本物の愛が潜む

「いかなる贋作の中にも必ず本物が潜む」を偽造され贋作だった愛に当てはめると、偽の愛の中にも本物の愛が潜んでいたことになる。そうは言っても クレアの本物の愛がどこにあったかは、正直わからない。それにそこは物語において関係ないのだ。オールドマンが襲われた場面であったかもしれないし、食事を用意してくれた場面かもしれない。もしくは必死に自分の事を探してくれた事かもしれない。

 

贋作の愛を見破れなかった鑑定士

重要なのは、偽物か本物かに気づかなかった鑑定士オールドマンの不完全さだ。 鑑定士の仕事は、贋作と真作を見分ける事、また作品に正しい評価をつける事。今回の愛という芸術作品において、オールドマンは贋作である事に気づかないだけでなく、潜んでいた本物の愛にも気づかないままであった。もちろん恋愛という分野ではオールドマンは専門ではないが、オールドマンの鑑定はどんな時でも正しくないということは分かる。

 

不完全なオールドマン

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 オールドマンの不完全さを一番感じていたのは、友人であるビリーだろう。画家であるビリーは自分の才能をオールドマンに一度も認めてもらえなかった。ビリーからすると、オールドマンに鑑定つまり作品に対する評価の力が足りていないと感じている。詐欺の首謀者であるビリーの犯行の動機としては、自分を認めない友人に対する復讐ということが挙げられるが、もう一つにオールドマン自身の未熟さを思い知らせてやりたいというものがあったのだと思う。

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 コレクションが消え去る場面では、「いかなる贋作の中にも必ず本物が潜む」と繰り返すオートマタが置かれている。これは「お前は何も見抜けてない」というビリーからのメッセージが込められているのではないか。犯行が完了されるまでオールドマンは偽の愛を見抜けなかったのだ。

 

芸術作品の優劣 

芸術作品には優劣が存在するのであろうが、定義がないため優劣をすぐに決定することは難しいものと思われる。特に今回のようにオールドマンがビリーの芸術作品に対して客観的な評価をつけることは無理であろう。優れた芸術作品は大衆を感動させた時にその価値が分かる。それにそうなるまでには長い時間がかかるのだ。

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 ビリーの作品は抽象的な表現で批判され、鑑定士から認めてもらえない。もしかしたら内なる神秘性を秘めているのかもしれないのに。

 

 すべてを失ったオールドマン

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偽の愛に騙されコレクションを失ったオールドマンは、それでもナイト&デイでクレアを待つ。ここには色々な解釈ができる。「いかなる贋作の中にも必ず本物が潜む」というように偽の愛の中に本物の愛を見つけていて、本物を信じてクレアを待っているというのが一番初めに抱いた感想だった。

ただこの記事を書いているうちにもう一つのラストも見えてきた。芸術作品(愛)はそれが贋作(偽の愛)であろうと真作(本物の愛)であろうと、その優劣をつけるには時間がかかるということだ。芸術も愛も結局その評価は人の感情に任せられる。その評価は数学の方程式のようにすぐに解が出ない。真作であろうと贋作であろうと、人を感動させた芸術作品は価値がある(例えば『モナ・リザ』が実はレオナルド・ダ・ヴィンチによる贋作だったとしても、我々は作品の価値を認めるだろう)。それは我々がどう思うかによるもので芸術に評価のモノサシは人の心の中にしかない。同じように愛にもモノサシは心の中にある。ナイト&デイでクレアを待つオールドマンは、ビリーによる復讐にあって芸術や愛への考え方を変えたのではないか(以前の彼は芸術に関して凝り固まった考えがあった)。そしてクレアの愛をモノサシで測るには、クレアに会って彼女の本当の心を知る必要があるのだ(オールドマンの心の中のクレアは自分を愛している姿のままなのだ)。そして鑑定士であり芸術家であるオールドマンは待つしかないという決断に至った。それを気づかせてくれたのは憎くくも親愛なるビリーだったのだが。ある意味ではオールドマンが本物の鑑定士になったとも言える。

 

最後に

感情を理解するのは中々難しいですね。でも、だからこそこの映画は人を惹きつけるのだと思います。正直、ラストの解釈はこじつけが酷くて自分でも納得いっていないのですが、またそれも感情なのです。正解なんてないと思います。映画も芸術作品なのだから、どう思おうと自由です。そう言って自分の感想に自信を持たせておきます。 

※画像は映画『鑑定士と顔のない依頼人』より引用